人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

(2013-07-08読了)

職場の先輩にお勧めされて読んだ本.これは良書.200ページ程度のボリュームなので1-2時間の通勤時間で余裕で読み切れる.大学生3-4年生以降の年齢の人にお勧めしたい.

著者の森博嗣を知らなかったが,大学で助教授を務める傍ら作家として小説を執筆し,現在は助教授を辞めて隠遁生活を送っているという.うらやましい.

人間はものごとを抽象的に認識するときに「捨象」と呼ばれる行為を行う.これはたとえば犬を見たときに,その犬の一本一本の毛がどういう状態か,歯が何本見えているかというような詳細を切り捨て,「犬」という単位でものを捉えるための行為である.人によっては犬の種類で捉えたり,毛色で捉えるかもしれない.

歳を取ると抽象化がうまくなるように思う.会社で働いているような人であれば新しい物事に出会ったときに,あぁようするにxxでいうところのyyね.という理解の仕方をした記憶がない人はいないだろう.これは物事を認識する際に適切に捨象し,適切な抽象度で捉えることによって自分の中で既に持っている論理体系にうまく当てはめることができたからだと思う.

若いうちはものを覚えるのが難しい.捨象が下手で抽象的にとらえられないからだ.歳を取ると逆に具体的なものを覚えるのが難しくなる.抽象化がうまくなると,何事も同じフレームワークで理解することができるようになるので,あえてそれを覚える必要がなくなる.思考の最適化という意味では適切ではあるが,これは危険な一面もはらんでいる.けして新しい事象に対して具体的な知見を持っているわけではないけれど,一応の道理を理解しているため,あたかも新しい事象自体を理解している気になってしまう.「あー,あれね.いわゆるxxっしょ」病である.しかし,徐々にこうなっていく気がするし,自覚さえしていれば問題ないような気がする.

自分の例でいえばプログラミング言語がそれに近いかもしれない.若いうちはそれぞれの言語を「全く別のもの」と捉えていたため,それぞれの言語の入門書を買っては写経して覚えていた.しかし歳を取ると,ある程度仕事で使うプログラミングパターンも決まってくるので,あとはそれをどうコードに落とし込むかという部分だけを考えればよい.たとえばハッシュ相当のデータ構造をどう表現するんだろう,ファイルIOは,といった具合に考える.そしてわからない場合にどのようにリファレンスを引けばよいかわかっているため,頭から覚えようとしない.


現代は具体的な情報が多すぎる (p.79-) というところを読んで思ったことがある.

僕は 理工学部であるが半分文系のような学科の出身で,経済,経営,会計,マーケティングといった科目が必修科目で存在していた.学生時代の自分は何を思ったのだろう,就活に役に立つとでも思ったのか学部3年生の頃に1年間東洋経済を購読して毎週読んでいた.ちゃんと読んでいなかったこともあるのかもしれないが,何一つとして役に立った記憶がない.あるとすれば日経ビジネスは右開きの横書きで東洋経済は左開きの縦書きということくらいか.ふたつの雑誌の傾向の違いもよくわからない.

雑誌は具体的な情報の連続である.当時の自分は社会人経験がないため,そこに書かれている情報を適切に抽象化することができなかったのだろう.また具体的な情報として丸覚えしたところで内容は毎週変わってしまう.東洋経済ディアゴスティーニのように毎回同じ文脈で話が続くわけではないので,それこそ毎週全く別の情報に触れていた気分になっていたのだろう.

ようやく最近になってわかったことなのだが,自分は雑誌を読めるほど頭がよくないらしい.会社に入ってからエンジニアとしてのスキルを身に着けるためにWebDB+やSoftware Designなどの雑誌を定期的に読むようにしていた.魅力的なコンテンツがある.興味を持って内容を眺めるのだけれど,どうしても頭に入ってこない.そこに疑似コードがあるし,具体例がないからというわけではなさそうだ.

どうして本や論文の内容は覚えられるのに,雑誌の内容を覚えることができないのだろうか? もしかしたら雑誌は記述されている情報はあまりに具体的すぎるから,そして抽象化するにはあまりに情報が抜けているのではないだろうか,と感じるようになってきた.

「雑誌」とはよく言ったもので,雑誌は具体的で今役立つ,言い換えると少しでも多くの人間に売れるために最適な情報を詰め込んだ書籍である.検索エンジンを利用するかのごとく必要に応じて雑誌をあたるというのであればともかく,雑誌をしっかり眺めても何かが身に着くとは思わなくなってしまった.もちろん,これは自分の話なので雑誌を読んで内容が頭に入る人はじゃんじゃん雑誌を読むべきだと思う.

いつかホリエモンが逮捕される前に書いた著書 (100億稼ぐ仕事術 (ソフトバンク文庫)だっただろうか) の中に,週に100冊の新聞,雑誌を読む.車の中で前と後ろから同時にページをめくると書いてあった.仮に彼がその雑誌に書かれた情報を正しく自分の中に落とし込めているとしたら,欠如した情報を埋めるための豊富な知識を持ち,そしてその内容を抽象化する能力があるのだろうと推測できる.


著者は普段は特にメモを取らずにひたすら頭の中で考えるという.1ヵ月も考えつづけることがあるとか.また本書は10時間で書いたというから驚き.おそらく凡人からは想像もできないほど既に頭の中で整理されていたのだろう.自分はどちらかというと頭に浮かんだことは全てをメモするくらいの勢いでノートを書くタイプなので,著者の見ている世界が全く想像できない.

本書を読んで自分自身が考えていたことをまとめることができるよいきっかけになった.今まで頭の中でもやもやしていたことが少しは整理された気がした.今度は著者の小説を読んでみようか.