風の耳たぶ
- 作者: 灰谷健次郎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2003/12
- メディア: 文庫
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(2008-08-16読了)
親友のもとへ尋ねる老夫婦,ふらりと行き先を決めない気ままな旅のお話.
灰谷健次郎は,兎の眼(それも内容を忘れてしまうくらい昔のことだ)以来だが,灰谷健次郎らしい作品と思った.
画家の籐三,その妻ハル,籐三の親友翔太郎,その孫薫平の4人が主な主人公.ほとんどが彼らの会話で構成されている.
彼らの会話を通じて,社会への痛烈な批判と期待,灰谷健次郎のメッセージを読むことができる.
途中,引用される唄や良寛の話など,自分の教養がないために十二分に楽しめなかったのが残念.
いくつか気に入ったくだりはあるが,そのうちのひとつを紹介.
「彼は絵を教えているときに,こんなことをいうんだ.
下品な人は下品な絵を描きなさい,ばかな人はばかな絵を描きなさい,下手な人は下手な絵を描きなさい.
ま,自分にないものを無理して出そうとしてもロクなことはないといいたいのだが,こういう言い方は,人を楽にさせる効果というか,人を自由にさせる雰囲気があるじゃないか.
巧まずしていったことだから,逆に,その言葉が力を持つ.
ま,人を楽にはさせるのだが,さて実践するとなると,この言葉は人を金縛りにする.
下品な人は下品な絵が描けるかね,ばかな人はばかな絵が描けるかね,下手な人は下手な絵が描けるかね.
もし,それができれば,その人は,もう下品でもなければ,ばかでもないし,ましてや下手であるはずはない.
熊谷守一は言葉の上では人を楽にさせながら,その実,途方もない創作の道を,人々にさし示しているといえる.
そこが彼のすごいところであり,こわいところでもあるんだな」
(pp.192-193 籐三の熊谷守一に関する言葉)
それに対して薫平少年は「この人は複雑な人ですか」と尋ねる.この質問に対して籐三は感動し,その大切さを言葉で表現する.
「そうだ.あのとき少年は,わしに質問した.
この人は複雑な人ですかと」
「そうでした,そうでした」
ハルは急きこんだようにいった.
「慧眼だ.そう思った.さすが翔太郎の孫だなと」
「人間を見る目が,しっかりしているんですね」
「それだけじゃない.あの少年には人間を見るまなざしに,ぬくみがある」
「ああ,そうですね」
「ハルちゃんの言葉を,そのまま使わせてもらうと,えらいものをただえらいと持ち上げるだけではなく,えらいものがえらくある,その道程にしっかり目を注いでいるのだな」
「はい」
「それは,その人が汗や涙を流し,ときには血反吐を吐いて,つくり上げてきたものだということが,あの少年にはわかっておるのだ」
(p.266)
このように,小説で読むとはっきり言ってくどい.くどいのだが,とても心に響く.小説というよりも,教科書,読んだことはないが聖書のような作品と表現したほうがしっくりくる.物語を通じていろんなことを発見,再認識することができる.
子どもに読ませたい作品.