小鳥の歌からヒトの言葉へ

(2010-11-03読了)

シジュウマツは「文法を持ったさえずりをしている」.シジュウマツの歌文法の研究に取り組んだ著者の10年間の研究成果とそこから得られた知見と仮説に対する答えについて書かれた本.シジュウマツは家禽化されたことにより,歌文法を学習する能力を獲得したのではないか,という性淘汰を起源とした「焼き鈍し説」が興味深かった.

読書メモ

  • 鳥は鳴管を使って鳴く
    • それ以外にもくちばしなどさまざまな器官を組み合わせて複雑な運動によって鳴き声を発している
  • 「鳥の脳には大脳皮質はない」というのは嘘
    • "しわ" がないのでそう思われていた.しかし,もともと別系統で脳が進化したため,現在では大脳皮質相当の機能は,脳の内部に存在すると考えられている.
  • 至近要因
  • 志向歌と無志向歌 (pp.78--79)
    • 無志向歌は歌の練習.フィードバックになっているのではないか.
    • ヘリウムを充満させた場所でしばらく過ごすと,うまく鳴けなくなる (pp.74--75)
  • 家禽化
    • ジュウシマツは野生の鳥ではない
  • シジュウマツは有限状態文法のさえずりを学習する
    • ただし,成鳥になってからも別の文法を学習することがある (可塑性) (pp.81--82)
  • 焼き鈍し説 (p.105--)
    • シジュウマツは家禽化されたため,性淘汰によるさえずり能力の発達がさらに加速されたのではないか
    • 「ヒト言語の文法の性淘汰起源説」: 人間も進化と共に危険が減り,言語機能の発達が加速したのではないか (p.108)
  • ハンディキャップ理論 by アモツ・ザバヴィ (p.97)

雑想

しかし,家禽化されずとも複雑な歌を学習する能力を獲得しているケースもあるように思える.2006年にNatureで発表された論文 [Gentner et al. 2006] では,ホシムクドリ (European starling) が,文脈自由文法の一種であるAnBn文法を学習可能な能力を有する,という検証結果が示されている (*1).情報系の大学では,コンパイラの授業や自然言語処理の授業で習ったように,有限状態文法は有限状態オートマトンで受理できるのに対して,文脈自由文法を受理するためにはプッシュダウンオートマトンが必要になる.AnBn文法を例に説明すると,何個Aが出現したかという数を数えておくためのスタック相当の機能が必要になるわけである.Gentnerらの結果が正しいとすれば,野生であるホシムクドリがより高度な歌文法能力を有していることになり,このケースでは家禽化による発達という説明ができない.

ムクドリというと,野鳥の中では大きな種類になるため,もしかしたら,ホシムクドリは天敵が少ないのが影響しているのかもしれない.本書に書かれているように,より複雑な歌をさえずるために危険回避のためにも使われる認知能力のリソースが使われていると考えると,危険が少ない鳥の方がより複雑な歌を歌うために利用可能なリソースがあるという解釈ができる気がしなくもない.(かなりこじつけ)

(*1) 厳密には有限状態文法である(AB)n文法との判別ができたという結果.(AB)2, A2B2なので,AnBn文法を学習した! と言い切るのもアレな気がする.


さてさて,なぜそんなマニアックなことを知っているかと言うと,実はこの論文の検証結果をAnBn文法よりも単純なモデルで説明できるという論文 [Suhara and Sakurai 2006] を学生時代に書いたことがあるからである.(ほぼ全て指導教官がやってくださって,自分の論文に対する貢献は2%くらいしかないのだけれど...).

卒論や修論の研究とは全く別の研究だったので,必要以上のサーベイもせず,その論文以降手を広げることもなかったのだけれど,本書のタイトルを見たときにこんなマニアックな内容の本が出版されるんだ! ととてもうれしくなった.しかも,この本を読んで,改めて面白いテーマだったなぁと思い返している.4年前のことだけれど,会社入る前だったこともあり,相当昔の気がする.

本書では,ひとりひとりの学生の名前と担当した研究テーマを挙げて紹介している.たとえばある研究では,毎日巣箱の素材がどれだけ使われているのかを辛抱強く数えることを60日間やったり,3年間実験を続けてようやくひとつの論文を書けるデータが揃った,というように非常に忍耐のいる実験の結果,ようやくひとつの成果を出せる.

これを読んで,生物系の研究をやっている友人が,2年くらい実験を続けて (かつそれがうまく行って) ようやく論文が書けると言っていたのを思い出した.

著者は,本書を書いた時点で10年以上もシジュウマツの歌文法について研究をしている.間違いなくシジュウマツの歌文法という研究テーマにおいては,彼以上に考え,突き詰め,解き明かそうとしている人はいないだろう.自分がやっている研究は短視点になりすぎているのではないか,と感じた.企業と大学における研究の違いはあるし,仕事は仕事なので仕事ということをいったん棚に上げると,自分にとって長い視点で取り組んでいるテーマとはなんだろう,ということにすぐに答えることができない気がした.


学部生の頃は,人間の言語能力に非常に興味があって,大学院から脳科学の研究に取り組みたいと思っていたことがある.その際に訪問した教授に言われた言葉を思い出した.

この研究室の研究テーマはすぐにはっきりとした結果/答えが出るわけではないので,実験が途中で辛くなるかもしれません.うちに来ても大丈夫かどうかを考える際の判断基準のひとつ,理学は「わかる」学問,工学は「つくる」学問であることをもう一度見つめなおして,自分のモチベーションを改めて考えてみるとよいかもしれません.

こんなことを言われたと記憶している (一部脳内改変の可能性あり).この話を聞いて,僕は「つくる」ことに価値があると再認識した.研究や技術というものは使われてナンボ,役に立ってナンボと考えていたので,この道の研究者にはなれないなと思って結局今に至る.

xxを考え続けて10年が経ちました.というものはなんだろうか,と考え中.

References
  • [Gentner et al. 2006] Gentner, T.Q., Fenn, K.M., Margoliash, D., and Nusbaum, H.C. Recursive syntactic pattern learning by songbirds, Nature, 440, pp.1204--1207, 27 April 2006.
  • [Suhara and Sakurai 2006] Suhara Y., Sakurai A. (2007) A simple computational model for classifying small string sets, In Proc. BrainIT 2006 (International Congress Series 1301), pp.270--273. 2006.