働かないアリに意義がある

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

(2012-05-04読了)

進化生物学者による社会性昆虫に関する研究に基づいた知見をもとに集団社会を解説した本.基本的にアリの例で説明している.

8:2の法則だとか,ニッパチの法則だとか言われている働きアリだけ集めても2割はサボるアリが出てくる.それが集団だよ,みたいな解説は多々見かけたことあるが,それに対する進化生物学者的観点が面白かった.

著者はそのような働かないアリが出てくる理由を「反応閾値モデル」というもので説明している (p.57-).これは,外界における様々な刺激に対して自分が行動を起こすかどうか,各個体において異なる閾値を用意することによって,集団行動の効率化を行うというものである.

たとえば,アリの巣にいる幼虫が出す「エサをくれ」という信号に対して,全てのアリが反応してしまうと,全てのアリがエサを持って幼虫のところに行ってしまう.幼虫の要求に対して過剰な行動である.更に,そのような行動を行っている際に外敵が巣に侵入してきた場合には,全てのアリがエサ運びモードになっているため,外敵に対する攻撃行動に移るのが遅れてしまう.

このように各行動における閾値を個体によって変化させることによって,一番閾値が低いアリが他の仕事をしていて,外界からの刺激が更に強くなり,その次に閾値が低いアリの行動閾値を超えた場合にはその個体が行動を起こす,というように同じ行動パターンをする個体を減らすひとつの方法である.言い換えると「俺しかやる奴がいなくなったら本気出す」モデル.実際に,なんもしないアリを取り出して刺激の強さを変化させると行動を起こすという観察結果が得られており,一生何もしないアリは「一生本気を出さなかった/出せなかった」アリということがわかる.

反応閾値モデルが100%正しいという保証はないが,個人的にはこのモデルが気に入った.ただ,人間で考えると少し恐ろしい.締切ぎりぎりにならないとやらないのは,自分の (先天的に設定された) 行動閾値のせいだと考えると死ぬまで変わらないことになる.

著者によると,これはアリの脳は非常に小さいため,後天的にはほとんど学習することができない.そのため,先天的に反応閾値を変化させることによって,集団全体の行動を最適化する,ということになっているそうだ.人間のように社会性生物ではあるが,後天的に多くのことを学習できる場合にはまたアリとは違った仕組みになっているに違いない.

また遺伝子を残すという観点では無性生殖の方がよい.純粋に自分たちだけの世界ができるから,しかし,その場合には反応閾値にバリエーションを持たせることが難しいのでは,という考察も興味深かった.

著者は自分の研究を「一見働かないアリ」と評している.基礎研究は何に役立つかわからないが,たとえば狂牛病によるBSE問題が起こった際に,それまで何の役に立つかわからないとされてきたプリオン研究が人類の役に立ったように,「反応閾値」を超える機会を待っていると考えると,基礎研究に対する見方が少しは変わるかもしれない.

自分が普段,工学的価値を考える立場にいるため,サイエンス系の話を読むとわくわくする.点滴を打ちながら不眠不休でアリを観察しつづける研究なんて本当に好きで熱意がないと出来ない気がする.他者に説明するときにはxxのために,yyという価値があるから,という理由は必要かもしれないけれど,自分自身を動かすのはやっぱり熱意なんだなぁと改めて感じた.

こういう系の話は個人的には大好き.以前読んだ小鳥の歌からヒトの言葉へをふと思い出した.

余談だが先日読んだアイディアのちからのSUCCESという観点からみると「働かないアリに意義がある」というタイトルそして内容はそれらを満たしているような気がする.なるほどなるほど.