ある博士の自壊
- 作者: 伊良林正哉
- 出版社/メーカー: 日本文学館
- 発売日: 2009/08
- メディア: 文庫
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(2010-12-30読了)
積読になっていたので読んでみた.100頁程度の短編.
簡単に要約すると主人公が誘惑に負けて実験結果のねつ造をしてしまい,研究の世界から追い出されるという話.
主人公はバイオ系の研究者で,実験系の大変さというものがよく描かれている.コンピュータサイエンスではなかなか考えられない.たとえばある遺伝子群の効果を調べるために,複数人が絨毯爆撃的に実験を行い,その実験結果から特定の遺伝子を発見するというもの.実験のために必要な特定の遺伝子以外を無効化する実験だけで一週間単位の時間がかかったりしている.
また,バイオ系では再現性が非常に重視されるようで,最低3回の実験で同じ結果が得られないと客観性のあるデータと見なされない.コンピュータサイエンスの場合は,同じデータセットを使って実行する限りは必ず同じ結果が得られるためか,再現性に対する意識の違いが印象的だった.
実験には職人的な技術が求められる点も実験系の特色の気がする.(コンピュータサイエンスの場合はそれがコーディングにあたるのだろうか.)
以前のブログ記事にも書いた気がするが,バイオ系の研究者をやっている友人は1年-1.5年スパンの実験が成功してようやくジャーナル1,2本が書けると言っていた.もし,1年がかりの実験を行って,当初想定した通りの結果が出ずに一切成果につながらないとしたら,かつ,すぐに成果を出さないとポストを追い出されるというようなプレッシャーがあったとしたら,自分だったら少なからずねつ造して結果を出すという気持ちが起こらないという自信がない.
専門分野が異なるため (実験系/非実験系) ,隣の世界という印象もあるが,興味深く読むことができた.欲を言えば,本作のように自堕落な主人公ではなく,至ってまじめな性格である秀才キャラにして,追い込まれて追い込まれて,ついに一線を超えてしまった,というストーリーだと,より一層リアルな感じがする.