生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

(2009-05-29読了)

しばらく積読になっていたけれど,ふとした拍子に手に取って,そのまま読んでしまった.前半がDNAを主役にした科学史に基づいて生命とは何かを論じるために必要な知識を解説した後,後半に著者の経験に基づいた話を加えて要するに生命とはこういうものだと考えている,という構成.

文章が非常にわかりやすい.更に,専門的な内容にも関わらず,素人が読んでも理解できるように説明してある.

本書における生命を説明するために重要なキーワードが「動的平衡」である.

動的平衡 (ダイナミック・イクイリアブリアム)

ルドルフ・シェーンハイマーは,生物の代謝の仕組みを理解するために重窒素を含んだ餌をネズミに与えて,その行方を追った.結果わかったことは,体内はアミノ酸よりも小さな分子レベルで入れ替えが行われている,ということだった.

シェーンハイマーはこれを「身体構成成分の動的な状態 (The dynamic state of body constituents)」と呼んだ.

生物が生きているかぎり,栄養学的要求とは無関係に,生体高分子も低分子代謝物質もともに変化してやまない.生命とは代謝の持続的変化であり,この変化こそが生命の真の姿である.
(p.164)

秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない.
(p.166)

DNAが発見されるより前に,シェーンハイマーだけがこのことに,気がついていた.

エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は,システムの耐久性と構造を強化することではなく,むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである.つまり流れこそが,生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ.
(p.167)

本書において著者は生命を以下のように定義している.

生命とは動的平衡にある流れである
(p.167)

そしてGP2たんぱく質が細胞膜の活動に影響を与えていると考え,GP2ノックアウトマウスを作り出すことに成功したのだが,マウスはGP2たんぱく質を持たないにも関わらず,健康そのものだった.その結果を踏まえて本書最後にこう述べている.

生物には時間がある.その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり,その流れに沿って折りたたまれ,一度,折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある.生命とはどのようなものかと問われれば,そう答えることができる.
(p.271)

「結局,私たちが明らかにできたことは,生命を機械的に,操作的に扱うことの不可能性だったのである」という言葉で締めくくっており,純度のジレンマ然り,生命の動的平衡によってGP2欠落を埋め合わせたことによって因果関係の特定が困難であるということによって,生命科学の限界を述べている.

直感的には(経験的には),我々はその事実を認識しているような気がする.わかりやすい例では,不自由な機能がある人間は,それを補うかのように他の機能が発達する.そのような補償的な活動がたんぱく質,分子レベルで行われているのではないか,と考えさせられる一冊だった.

実験系全般に言えることだけれど,目に見えないがゆえに,きちんと仮説を立てた上での試行錯誤の凄まじさを改めて感じた.

メモ

  • ウイルスは生物か? => 「自己複製するもの」と定義するのであればウイルスは生物である.
  • 純度のジレンマ => どんなに純度の高い実験をしてもコンタミネーションの可能性は消し去ることができない.電子顕微鏡発明以前のウイルスの例
  • PCRマシン (ポリメラーゼ・チェイン・リアクション; ポリメラーゼ連鎖反応)
    • 2つのプライマーを使って特定の部分塩基列 (部分文字列) の取り出しを行う.
  • クリック,ワトソン,ウィルキンソンロザリンド・フランクリンにまつわる世紀の大発見の裏側
  • 縁の下の力持ち = "an unsung hero" (歌われない英雄)
  • シュレディンガー「生命とは何か」
  • ピースの部分的な欠落のほうがより破壊的なダメージをもたらす.(p.262)

知らなかった単語