奇跡のリンゴ
- 作者: 石川拓治,NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2008/07
- メディア: 単行本
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(2009-02-09読了)
無農薬のリンゴ栽培を実現した男,木村秋則氏の話である.あれ,何がすごいん?と一瞬思ってしまったが,本書を読んで納得した.
我々が食べているリンゴは品種改良を重ねた結果,自然に生えているリンゴとは全く別の品種,自然栽培が困難になっているのだという.
農薬が開発されるまでは,当然のことながら農薬がなくても栽培できるリンゴしかつくれなかった.農薬が開発されると,その制約がなくなるため,よりよい味のために品種改良が可能となる.我々が食べているリンゴは農薬使用による栽培を前提とした品種改良の産物なのである.
そのような背景もあり,無農薬リンゴ栽培は不可能とされていた.
木村氏がどのように無農薬リンゴ栽培を実現したかというのは本書を読んでもらうとして,本書を読んだ感想は月並みかもしれないが,まさにこの言葉を体現していると思った.
Chance favors prepared mind. -- Louis Pasteur
試行錯誤の回数が半端じゃない.寝ても覚めてもリンゴのことを考え続けた結果だということがひしひしと伝わってくる.自分はprepared mindなのだろうか.木村氏に比べれば比べものにならないほどできていないと感じてしまった.
本書で木村氏は繰り返しこの言葉を使っている.
バカになればいい
僕はこの言葉を3つの意味で捉えている.
まず「純粋な気持ちで考えろ」ということ.これが達成できれば大金持ちだ,大出世だという皮算用をせずに,純粋な気持ちで目の前の問題にぶつかるべし,ということである.
2番目は「変なプライドを捨てろ」ということ.人間,どのような状況になってもプライドがよく邪魔をする.それは得てして他人には理解されないし,自分にとってもプラスに働くことは少ない.
僕はよくプライドがモチベーションになっているような錯覚に陥るが,よくよく考えてみると単なる自己満足に浸っているだけのことが多い.プライドを捨てても走り続けることができるのであれば,そんなプライドは背負わないほうが楽なのではないか.
最後は「今悩んでいることについて考えるのを一切やめて,視野を広げろ」という意味で捉えている.とことん考えて考えて行き詰ったのであれば,そのことを悩むのを辞めてみる.そうすると勝手に自分でつくっていた制約がなくなり,思いもよらないアイディアが出てくることがある.ただしこれは,ひとつのことをとことん考えてからでなかれば,効果がないと思っている.
答えのない問題の答えを考え抜くこと.たとえば臨済宗の修行僧にとって,それは雑念に囚われず心胆を練るための,重要な修行のひとつだ.彼らはそれを公案と呼ぶ.
リンゴは木村の公案だった.
(p.107)
研究とはまさに公案ではないだろうか.研究バカではいけないけれど,バカになることは重要だと思った.
本書はノンフィクションライター石川拓治氏によって執筆されたが,さすがに文章がうまいと思った.ただ,難解な表現は一切ない,非常に読みやすい文章なのに,なぜか読むのに時間がかかった.
読んでいて少し気になっていたが,本書は改行が多い.どういうところで改行されるのか確認してみると朗読する際に一息つくところで改行されている.まるでテレビ番組のナレーターの台本のように書かれていることに気がついた.
なるほど,無意識のうちに番組を見ているかのように読んでいたわけだ.
そんなわけでこの本はむしろ技術者にお薦めしたい本だと思った.アップルだしね.