ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

(2007-10-09読了)

データロガーを取り付けることによって,未だ明らかになっていない海洋動物の生態を調べる「バイオロギング」研究者による著作.
特に南極に生息するペンギンやウェッデルアザラシを中心に自身の研究を振り返る形で,今まで明らかになってきた研究を紹介している.


前半では今まで恒温動物とされてきた鳥類であるペンギンの体温が潜水時に大きく低下すること,変温動物とされてきた爬虫類であるウミガメの体温が海温よりもわずかに高く一定を保っていることがロギングによって明らかになったことから,ペンギンは代謝によるエネルギーを減らすためだと考えられ,ウミガメは潜水に伴う水温低下の影響を小さくするため内温によって体温維持をしているのだろうと考えられる.


本書では,主に南極での研究成果について語られているが,南極の海洋動物が研究対象になる理由としては,南極の動物は人間に警戒心が小さいからということが大きな理由として挙げられていた.これにより,データロギングのための機器の取り付けや回収の労力が大幅に軽減されるからとのこと.ちなみに南極の動物が人間に警戒心を持たないのは,南極には大きな天敵がいないためだと考えられている.北極には,ホッキョクグマがいるので,北極の動物はこうとはいかないとのこと.動物園にいる警戒心のないペンギンたちは南極出身だということだろうか?
ちなみに,最後の方で著者がペンギンの群れについていったら,何故か氷の割れ目から離れて固まっているのを発見した.著者が割れ目の近くにいると,急にヒョウアザラシが海面から飛び出してきて,あわや噛み付かれるところだったらしい.(実際にヒョウアザラシに引きずり込まれて死亡したケースもあるそう)
このことから,危険察知能力がないわけではない,ということが伺える.


映画「ハッピーフィート (Happy Feet)」では,アデリーペンギンがアザラシに向かってお尻ぺんぺんをするシーンがあったが,あれは何アザラシなのだろう?南極に数多く生息するウェッデルアザラシは基本的にペンギンを捕食しないという(もちろん,捕食するケースも稀にあるらしい).


ペンギンはもぐる前にめいっぱい空気を吸うが,アザラシは空気を吐いてから水中にもぐっている.
これにより,ペンギンは水面付近では大きな浮力を得ることができるため,水面付近ではフリッパーの羽ばたきをやめ,鳥の滑空のように浮力によって加速をしている.ただし,これは裏を返せば潜るためには,沢山羽ばたく必要があるということになる.
アザラシはこれとは逆に,空気を吐いてから潜水するため,「沈む」とこで潜ることができるが,浮上するためには沢山のエネルギーが必要となる.


ペンギンやアザラシは魚のように空気袋を持っていないため,肺に含まれる空気の量によって中性浮力が得られる深度が変化してくる.潜水深度によって最初に吸い込む空気の量が変化していることから,ペンギンは事前に潜る深さを考えて吸い込む量を調整しているのではないか,ということが推測される.


また,急浮上による水圧の変化によって筋肉や血管などに溶け込んだ窒素が気泡化することで身体に不具合を生じる減圧症は,ペンギンやアザラシには起こらない.


オーストラリアのタスマニアからまっすぐ南に向かって南極大陸にぶつかったあたりをアデリーランドと呼ぶ.これは,発見者であるフランス人探検家のデュモン・デュルビルの妻の名前だという.アデリーペンギンもこれに由来している.(ちなみにtex標記だとAd\'{e}lie penguin)


三章「研究を支えるハイテクとローテク」で書かれているが,データロギングに使用されている機器は最先端のものであるが,それを個体に取り付けたり,機器を回収するために個体を探すという作業では,基本的に人間の肉体労働に頼らざるを得ない.研究のためとはいえ,毎日2時間ごとに観測をする,といったような作業を淡々とこなす研究者のタフさには敬服する.


非常に面白かった.本書に刺激されて,探検談系の本を読みたくなる一冊.
新書なので,タイトルは気にしないこと.タイトルについては最終章でちょこっと語られるが,メインは著者の南極談話だと思ってよい.普段なかなか聞くことのできない話を聞くことができるだけで価値があると思う.そして,ところどころで挿入されているペンギンやアザラシの写真がかわいいので,これを見るだけでも価値があるかもしれない.